すべての夢のたび。

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なぜ松本被告の控訴審弁護団は控訴趣意書を提出しなかったのか?

以前一度紹介した『獄中で見た麻原彰晃』で、弁護人の松下明夫さん・松井武さんが、控訴趣意書を出せない理由について語られています。獄中の「彼」の様子は先に引用しましたので、まずそちらを見てから以下を読まれるとよいかと思います。

松下 控訴審で訴訟能力を問題にせざるを得なかったのは、控訴趣意書を書かなければいけないということがあるからです。
 控訴審に出る弁護人がやるべきことは、一審の判決がどのように問題でどのような点が不服かということを被告の方といっしょに相談して書く、出す、ということが第一歩なんです。ところが接見に拘置所に行きはしても、麻原さんが私たちの前に姿を現しても、全然ついていけない状態でしたので書けない。裁判所にもいまはできないので来年(2005年)1月11日の期限までに書けないということをずっと言ってきたんですけれど、裁判所はとにかく書けという一点張りだった。それでとてもいまの状況じゃ書けないし、そもそも麻原さんの状態というのがあたりまえとは思えないということで精神鑑定、訴訟能力がないんだというふうに入ってきたわけです。


松井 もともと控訴というのは被告人の不服がある場合、もちろん被告人側が上訴裁判所、つまり高等裁判所に申し立てるのですが、不服がどこにあるのかということを弁護人としてはどうしても彼の口から聞きたかった。しかし私たちが受任する以前に、そもそも麻原さんの一審の弁護人から控訴が申し立てられました。そういったこともありまして麻原さん自身、控訴する気があるのかどうか、控訴審を継続していく気があるのかどうか、私も聞きたかった。それと判決を検討して不服がどこにあるのか、これを知らないことにはとてもじゃないけれど、控訴趣意書を書くことはできないと、弁護人は裁判所にこの間ずっと言い続けてきました。


── 弁護人からこれまでに2人の精神科医に鑑定をしてもらい、今3人目の方に依頼していると聞いていますが、どういう状態ですか。


松下 これまでお2人の精神科医の方に依頼をして現在3人目のお医者さんが精神鑑定作業中です。過去2人の精神科医の方が鑑定をしているんですが1人目の方は、詐病、精神障害、拘禁反応、宗教的修行としての黙秘、といった4つの可能性がある、どちらにしても重篤な状態ではある、だから早急に精密検査をして治療にかかりたいという意見でした。2人目は重篤な拘禁反応という明確なご意見でした。1人目と2人目の医師の間では意見が矛盾しておらず、合致しているというふうに思います。お2人目の方の意見というのは1人目の方の意見を深化させていると思います。(この発言をした集会の後、2005年12月21日、弁護側3人目の医師の鑑定要旨が出されたが、訴訟に必要な基本的能力が欠落している、適切な治療を施すことによって精神状態の改善と訴訟能力の回復が見込まれる、というものであった。また、2006年1月6日には、弁護側4人目の医師となる関西学院大教授野田正彰医師が麻原氏と接見し、訴訟能力はない旨のコメントを出している)


── 裁判所側も鑑定を決めたということですが、弁護団として鑑定人の推薦もしたと聞いていますが、裁判所が任命した鑑定人は弁護団が推薦した鑑定人と同じ方ですか。


松下 まったく違う人です。誰が鑑定人か、住所や名前は把握しておりますが、鑑定人の名前は絶対に公開しないでくれといわれています。
 訴訟能力があるかどうか、正常かどうかの判断の根拠の一つは、裁判所なり拘置所側、それから私たち弁護側の意見は全然違っているんですけれども、たとえば麻原さんが接見していると「ウンウン」という声を出すんですよ。その時こちら側が「麻原さん、お元気ですか、今日は調子いいですか」というと「ウンウン」というふうに言うんですよ。たとえば裁判長なんかは控訴趣意書の提出について供述しますというと「ウンウン」と言うんですよ。こちらの質問のタイミングと麻原さんの「ウンウン」のタイミングで反応しているように見えるんです。私たちだって慣れないときは、ウンと言ってると思いますよ、それは。ところが黙ってたって「ウンウン」と言いますし、突然笑ったり、ぶつぶつ言ったり、そういうのを繰り返す中でやはりこの人は正常じゃないよなと思うようになったわけです。
 拘置所も裁判所もそうじゃなくて、裁判長が控訴趣意書に対してこういう質問をしたと、それに対して被告人は「ウンウン」と言った。控訴審の弁護士とよく相談してちょうだいよと言ったら麻原被告人はにやりと笑った、とあたかも弁護人を侮蔑するようなニュアンスで書いているわけですよね。事実として麻原さんが「ウンウン」と確かに言います。だけど、それにこちらからの問いかけに対して反応としての「ウンウン」だというのとは違う。ところが裁判所も拘置所もそこは反応したと、答えたと、問答があったという言い方をしています。そこは違うんだということは、はっきり確認しておきたいことなんです。


── 裁判所は、控訴趣意書を書くにあたって、本人の意見を聞かなくていいんだと言ってるのですか。


松下 趣意書に限って言いますと、本人の意思がなくても、弁護人が一審判決を検討してそれで書けるはずだというふうに言います。私どもは当然、それでは趣意書にはならない、控訴趣意書とは被告人本人の不服の申し立てだと思いますので、書けないということできているんです。


松井 控訴趣意書をなぜ出さなかったかという答えについても、やはり同じように答えることになります。つまり控訴趣意書というものはいま説明したようなものだというふうに考えれば、麻原さんの話を聞くことができない以上、控訴趣意書を提出することはできないし作成することさえできないということになるかと思います。


また自分の判断により長々と引用しました。さて。弁護人のお2人の語られることは、ほんとうか、うそか? 率直な印象で言うと、これってインチキ裁判なんじゃねーの?ってあたりなんですけど、どうでしょうか。だいたい、こんなんなっちゃったヒト、表(裁判)に出せないでしょう。出したら自分らの「訴訟能力アリ」という鑑定結果が疑われる。控訴棄却→異議申し立て→棄却→一審で死刑確定→表に出さないまま早々に執行、が、お国の目論見なんじゃないですかねー。


で、個人的には、やっぱり「まぁ、どうでもいっか」ということになりそう。本を読む限りでは「彼」は既に廃人であるとしか思えず、たとえ死刑になるまでの日がいくらか延びようが真相が語られることはもう無いような気もする。仮に回復したところで、それまでだってマトモなことはほとんど言ってなかったわけだし。もしこの事件で新たになんか出てくるとしたら、ここ以外からじゃないですか? というわけで、好奇心を満たすだけのためにこれ以上リソースを割く気はない。国は時には強引に事を進める、のかもしれないし、裁判は正義でも公正でもない、のかもしれない。そういったことだけを覚えておくことにします。