すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

今日はみんなでスティーブ・ジョブズをネタにポエムを書く日

ぼくの最初のMacは60万円もした。それでいてHDDすらないのだ。学生の身だったのでローンを組んで買った。後で買った初めての外付けHDDは、容量の単位がメガバイトだった。CD-ROMドライブは等速だった。

ぼくは昔から秋葉原に通う人間だったけど、ひねくれていたので、知り合いがみんなPC-9801を買うところでMacにしてしまったのだ。それから数年の間Macを使い続けていたけれど、Windows 95が出てしばらくしたあたりでそっちに乗り換えた。

Macは楽しかった。OSも先進的だったし、その上で動くセンスに溢れた海外製のソフトがいっぱいあった。しかし周りはみんな98かDOS/Vだったので、ぼくは自分のMacを抱えて友人の家に遊びに行っては変なソフトを見せびらかしたりしていた。

そんなMacから離れた原因のひとつは、やはりOSの不安定さだった。Windows 95を使ったときは、こんな安定したOSがあるのか!と感動したものだ。とにかく昔のMacはシステムエラー(いわゆる爆弾)を吐きまくるので、ぼくは1時間使うたびに予防のために再起動をしていたくらいだ。

しかし、もっと大きな理由は、Macユーザーのマイノリティ特有の視野の狭さだった。いまでもAppleの熱心な信者はいるが、当時は本当にそれしかいなかった。Macこそ至高と信じて疑っていなかった。Windowsをけなし、ビル・ゲイツを呪い、Windowsユーザーを馬鹿にしていた。そのくせ自分たちは「Mac用」と銘打たれただけで同じ型番のHDDを高値で買わされていることに気づかないのだ。そういったことに嫌気が差したんだった。

ぼくはWindowsユーザーになった。そしてみんなで同じソフトの話をするのは楽しいんだと知った(もっとも、WindowsユーザーもやはりWindowsをけなしたりゲイツを呪ったりしていたのだが……)。

その間もAppleはいろんな(変な)Macを出し続けていたが、状況が変わったのはiPodが出たころだったと思う。あれは革命だった。ぼくは久しぶりのApple製品としてiPodを購入し、Windows PCで使っていた。

そしていよいよiPhoneが登場した。最初のそれは海外でしか使えなかったが、ついに日本デビューということになり、ぼくは10年以上使っていたドコモの携帯からあっさり乗り換えた。iPhoneは最初にMacを使った時のように楽しかった。違っていたのは、あのころのMacはどマイナーだったが、iPhoneは最初からユーザーと情報に恵まれていて、毎日のようにニュースが飛び込み新しいアプリがリリースされることだった。

ひねくれていたのにメジャーになっていた。すっかりApple好きに戻っていたぼくは、メインのPCもWindowsからMacに変えた。すでに、面白いものは全部webの上にあって、使うコンピュータが何であろうが関係ないという状況になっていた。

ジョブズ自身にはそれほど興味がなかった。初めてムービーで動く彼を見て声を聞いたのもつい最近のことだ(思っていたより高い声だった)。もちろん、Apple好きとしてある程度のことは知っている。ガレージで「最初のパソコン」を作っていた2人のスティーブ。失敗したAppleⅢとLisa。最初はMacintoshプロジェクトはジョブズのものじゃなかったこと。1984のCM。スカリーと砂糖水。自分の創った会社を追い出され、NeXTを創立したこと。暫定CEOとしての復帰……。

ジョン・レノンが死んだとき、それがどういうことなのかぼくにはわからなかった。いまなら少しわかるような気がする。たぶん、こういう気分なのだ。ぼくはいつの間に彼のことが好きになっていたのだろうか? その発表を待って深夜早朝まで起きているようなガジェットは、iPadが最後になってしまうんだろうか?

これから世界は、ジョブズがいなくなったことに慣れなくてはいけないが、少しの間くらいは感傷に浸ってもいいと思う。でも、ジョン・レノンが死んでもぼくの世界はなにも変わらなかったし、今回だって、きっとそうなのだ。