すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

何かが許されない場合には

自殺が許される場合は、全てが許される。
何かが許されない場合には、自殺は許されない。
このことは倫理の本質に光を投じている。というのも、自殺はいわば基本的な罪だからである。


ウィトゲンシュタインのことばです。これは『ウィトゲンシュタインはこう考えた-哲学的思考の全軌跡1912~1951 (講談社現代新書)』からの引用(のはず)です。素敵なことばだと思うし、こんなにわかりやすくはっきりしたことばもまた無いとは思うのですが、ときどきあれ?って意味がわからなくなるので自分のために書いておこうかなーと思って。朝からこのフレーズについてばかり考えてた。

自殺が許される場合は、全てが許される。


これは、「もしこの世界が自殺することを許すような世界だったら、同時にこの世界はあらゆること、何をやっても許される世界であるはずだよー」って意味ですね。

何かが許されない場合には、自殺は許されない。


これは、「もしこの世界に何かやってはいけないことがひとつでもあるとしたら、そのときはこの世界では自殺もしてはいけないことになってるはずだよー」って意味ですね。


要は、自殺は基本的な罪だからです。つまり一番最初の、一番重要な、罪、だとウィトゲンシュタインは言っているのです。

だからもし、そんな重要なことが許されてしまうんだったら、他に許されないことなどあろうはずがない(と、彼は言っている)し、また逆に、もし何か許されないことがあるのだとしたら、そんなことよりまず先に、自殺は許されないこととされているはずである(と、彼は言っている)のです。

このことは倫理の本質に光を投じているのか? じつはここはぼくには意味がわかりません。ずっとわからないままです。ぼくには倫理がよくわからないのに加えて、ここで引用したウィトゲンシュタインのことばそのものが間違っているからだと思います。

いやもしかして、ウィトゲンシュタインの言ってることは正しくて、ぼくらがたまたま間違った世界に住んでいるというのがじっさいのところかもしれませんが。