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すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

プラナリアに魂はあるんだっけ


なる(断言)。だって2つに切って2匹に増えたのに魂が片方にしかなかったら、もう片方は哲学的ゾンビプラナリアですよ。そんなのほいほい作れたらたまらん。

だからプラナリアにもし魂があるなら、切ったら2つに増えるだろうと。もちろん魂がなかったら増えない。ところで、とある魂のない生物が存在したとして、それがもともと魂がないのか、それとも哲学的ゾンビだから魂がないのかって見分けがつくんだろうか。

ところでプラナリアを切るんじゃなくて焼いちゃったら魂は消えるんだろうか。肉体が消えても魂は残るんだろうか。それだと魂って増える一方なんだろうか。ていうか肉体が消えたら魂も消えるとしたらそれ魂じゃなくてただの意識なんじゃないだろうか。


プラナリアを2つに切ったら、仮にプラナリアが魂を持っていれば魂も2つに増えると思うけど、もしこのプラナリアがぼくだったら、2つに切ったらぼくが2つに増えるわけはない。なぜかどちらかがぼくになって、どちらかはぼくではないものになる、と考えられる。

でもいきなり真っ二つにするんじゃなくてじわじわ切ってったらどうなるんでしょうか。どういうわけか、完全に二片になった瞬間に、片方にぼくが残り、もう片方からぼくがいなくなるんでしょうか。

……いや待てよ。ぼくがぼくであるということが単に記憶の連続性があるってことに過ぎないとしたら、2つに分裂したあとも、どちらも自分こそが正当なぼくの後継であると言って譲らないかもしれないなぁ。

朝目が醒めてぼくがぼくであるということは、昨日の夜に寝る前もぼくがぼくであった、という記憶を朝のぼくが持っているからという、ただそれだけのこと。もし記憶の入れ替えが可能になって、寝ている間にそれをやられたら、ぼくは目が醒めたら別の人としてその後の人生を生きていくことになる。歴史がいきなり捏造されるわけですね。世界5分前仮説とちょっと似てるような。