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すべての夢のたび。

1日1記事の雑記ブログ

「首相は人質を助ける気がなかった」なんてわざわざ言わなくていい

ぼくはまんべんなく、でもないけれど、と言うか相当右に偏ってるけれども一部左寄りの人もTwitterでフォローしていて、その中で特におかしい人たちが、今回のISISによる日本人拉致事件を米国の陰謀だと言っている。武器を売るために戦争を続けたいアメリカが日本と組んで事件を演出したのだと。

でも実際のところ、ぼくの妄想も彼ら彼女らに負けず劣らずの気がする。以下妄想。


後藤さんが殺された後、左寄りの人たちの中に「安部はほんとうは人質を助ける気なんか初めからなかったのではないか?」と言ってる人がいた。ぼくはこれを聞いて「それってわざわざ言うことか?」と思った。ぼくもそう思ってるし、それなりに多くの人も同じことを思ってるとぼくは考えている。

首相はほんとうは人質を助ける気はなかった。まずISISの要求する身代金の額がありえないし、もし実際に払ってしまったら日本はテロに屈する国、テロ組織に加担する国とみなされる。

日本にとって一番いいのは「日本政府は人質救出に全力を尽くした。が、力及ばず人質は殺されてしまった」という状況が発生したのだ、と考える国民が一番多くを占めることだ。これこそが一番金が掛からず、またどの国からも後ろ指を指されることのない、最良の結末であるはずだ。そして、現実はそれに近いものになった。政府は全力を尽くしたかどうかは怪しいがそれなりの行動を取ったと認識されており、大金を失うこともなく済んだ。


「首相は人質を助ける気がなかった」というのは、みんな薄々気づいているけど、言ってはいけない、疑いを持ってはいけない類の事実である。なぜって、それを言うのは社会の平穏を乱す行為だから。国民が危機に晒された時には政府が助けてくれる。その約束が空手形だとバレれば、世の中は荒れる。多くの人はそれをわかっているため、わざわざ言わないのだ。「なぜ人を殺してはいけないのか」とわざわざ問わないのと同じである。それを支えているものは実はないのだ。

そこをわざわざ「首相は人質を助ける気がなかった」と言ってしまう左寄りの人は、ほんとうに気づいてない馬鹿なのか、世の中に不穏な空気を持ち込みたいと思っているのかのいずれかで、多くは後者だと思う。世を乱したいというか、いまの政府が気に入らないので交代させたいのでしょう。


イスラム教徒の人たちがISISを非難しているけど、あれもどうなのかなぁと思っている。少なくとも日本では非難するしか選択肢はないと思う。もしそうしなかったら「お前はISISに同情するのか? ISISの仲間か?」と言う目で見られることは想像に難くない。

でも実際はどうなんだろうか。ISISは別に人をいっぱい殺したくてイスラム国をやっているわけではないはずだ。イスラム教徒は今の世の中では低い立場に置かれており、アメリカや西欧諸国のやり方に不満を持っている人たちは多い。その中の一部が極度に先鋭化したものがアルカイダやISISであるはずで、心中がまったくわからない、なんてことはないはずだ。

例えば日本人がどこかの国で犯罪行為をして現地で死刑に処される時に、はいはいまったく許されない行為ですね国の恥さらしですどんどんやっちゃってください〜と、簡単に言えるものだろうか。なにか引っかかりは残るのではないか。ましてやISISは同じイスラム教徒である。もともと同じ神を信仰し同じ怒りを内に持つもの同士である。それがキリスト教徒に殺されまくっているのを見て、なんともないとは到底思えない。

でもISISを非難するしか選択肢はない。イスラム教徒、特に西側に住まわせてもらってるイスラム教徒は、立場が弱いから。いつ石が飛んでくるかわからないし、大人しくしてるほかない。それが処世術だ。ほんとうのところは、どうなんですかと、聞いてみたくはある。まぁ信用もないのに話してはくれないだろうなぁ。