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すべての夢のたび。

雑記ブログ

科学的良かった探し

karapaia.livedoor.biz


これはちょっと……どうなんだろう。なんの根拠もなしに否定から入りますが。

 このような障害者の子孫が生まれる確率が高い状況では、”最適”な個体とは、必ずしも”最高”の遺伝子を持った個体ではなく、障害と生きる子孫を助けることができる個体だ。すわなち、賢く、柔軟で、思いやりに溢れた個体が有利になるようになった。このようにコミュニケーションといった社会的な性質や、実験を行う能力を発達させたことで、遺伝子によって投げかけられた困難に対応することが可能になった。


ちょうざっくり言うと、障害者のいるグループはうまくやる能力が発達し、その後の生存に有利になりましたと。ふぅーんへぇーえ。

でもこれはあくまでも、障害者の存在が"ぐうぜん"そのように働いた、というだけであって、まちがってもその逆、「賢く、柔軟で、思いやりに溢れた個体」を生み出すために障害者が存在している、という話じゃないですからね。それは因果関係が逆だ。高いところの葉っぱを食べるためにキリンの首は延びたわけではない。"ぐうぜん"首が延びたので高いところの葉っぱが食べられるようになったのです。

進化論は柔軟だから、なんにでもこのように理屈を付けることができてしまう。いや、この理論が間違っている、と言ってるわけではなく、一見不合理に見えるような事象や特徴でも、なにかしら説明を付けられてしまうんですよね。そして往々にしてその理論の正しさを証明する手段はなかったりする。

これはよくある疑問、「障害者ってなんの役に立ってんだっけ」に対する、役に立っているという前提ありきの、科学者の願望に基づいた後付けの説明ではないんだろうか。おそらく同じ理屈で、働く気のない人や、シリアルキラー、万年野党やテロリストなんかも、その存在が人類の役に立っている、という説明ができそうな気がします。練習問題としてやってみてはいかがでしょうか。