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すべての夢のたび。

1日1記事の雑記ブログ

なぜ死刑はいけないのか?


ぼくは死刑賛成派です。むかしは反対派だった時期があったように思います。たぶんこの日記の過去記事を漁れば死刑がダメな理由とか書いてるんじゃなかろうか。おそらくまとめのタイトルにもあるように、冤罪の可能性を軸にした主張をしてるような気がします。


さて、まとめのほう。死刑賛成派主導のスレになってんのかと思って読んだら、ひとり活きのいい死刑反対派がハイ論破論破〜!って頑張ってた。彼は「仮釈放無しの終身刑じゃなくて死刑でなくてはいけない理由を示せ。示せない? 論破!」みたいなロジックなんですけど、彼自身逆に死刑じゃなくて仮釈放無しの終身刑でなくてはいけない理由を示してないので、ダメだなこいつと思いました。

ぼくが死刑賛成派な理由はシンプルで、そういう「仮釈放無しの終身刑」の人間を生かしておくコストが無駄と考えるからです。なので、国民全員に死刑賛成か反対かアンケートを取って、仮釈放無しの終身刑の人間が老衰やら病気やらで死ぬまでの管理費用は反対派だけで負担する、というのなら、死刑は廃止でも構わないです。どのくらいになるんだろ。賛成反対の割合と死刑囚の人数と平均年齢・余命からだいたい算出できそうですね。たいした金額でもないような気もします。しかし負担したくないものはしたくないわけです。


冤罪の可能性については、考えが変わりました。冤罪は起こるかもしれないけど、それもコスト見合いかなと。限りなく冤罪をなくすような仕組みは構築できるかもしれないけど、おそらくものすごくお金が掛かる。そこまでしなくても、現在でも、99%以上の死刑囚は実際に死に値する罪を犯しているわけです。なら、1%未満の誤りは、受け入れようと。警察やら検察やらがそのミスを酷い方法で隠蔽したがることも含めて受け入れようと、そう思うようになったんでした。ほとんどの人は、自分の仕事をちゃんとしてるよ。そっちを信頼したい。

そう言うとたぶん、反対派の人たちのお決まりの反論が想定できるわけです。「もし自分が冤罪で死刑になったらどうするんだ。その可能性に思い至らないとは想像力が不足している」と。考えてますって。ぼくは自分が冤罪で死刑判決を下されたら、受け入れますよ。そんなのあたりまえでしょう、死刑賛成を主張しているんだから。すると反対派はおそらくこう言う。そんなの嘘だ。あり得ない。口だけだ。ならないと思ってるから言えるんだ、みたいなね。ぼくはほんとうに死刑でもいいと思ってるのに。どうやってもこの先は噛み合わないだろうから、ここで議論は終わるでしょう。