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すべての夢のたび。

1日1記事の雑記ブログ

サイコパスの語ること


これはちょっと他で見られない系の資料として目を通してもいいかと思います。人に寄っては「無理」ってなるかもですが。


殺人、および知人にタリウムを飲ませての殺人未遂で捕まった元女子大生の、裁判での供述ですけど、非常に淡々と「今でも人を殺したいと思う」「謝罪の仕方、反省とは何かが分からない」と言っています。「正直」なのではなく「自分の発言を聞いた他人が自分のことをどう思うだろうかと想像する能力に欠けている」というのが正解のようです。異常な、共感能力の低さですね。

勾留中、遺族や被害者の気持ちを考えようと何度も試みたが、自分の考えと遺族や被害者の考えが全く異なり、あぜんとした。たとえば殺害した女性が居なくなれば、遺族は生活の不便から怒りを感じると思っていたが、喪失そのものが怒りや悲しみにつながっていると知り、驚いた。

最初は時間がたてば反省できると思っていた。そうではなかった。誰かの協力を得たい。償いの意味は分かるが、償う方法は分からない。


もう人を殺したくないって言ってますけど、それきっとこうやって捕まって裁判とかになるのが面倒だからなんだろうな〜って想像してしまう。

あと、人を殺したいという欲求は、特になんの理由も感情も必要とせずに、不意に起こる感じのようです。

人を殺したくないと思う半面、人を殺したい気持ちも湧き上がる。コントロールできず困っている。入院中、医師から世間の常識や感覚とのズレを指摘された。「人を殺したい」という欲求は他人にもあると思っていた。


犯罪者についてよくある語りの、「自分だってたまたま運が良かっただけで、もしなにか条件がちょっとでも違っていたら自分も罪を犯していたかもしれない」みたいなのありますけど、この元女子大生については明らかに違いますね。ぼくはこうではない。突然人を殺したくはならない。育ちの問題ではない。脳が違うのだと思います。欠落か、結線の異常か。この人はこういう人なんだと思う。


そもそも供述が本心かどうかもわかりませんしね。こういう人は頭がいいから、発言が全部コントロールされた上でなされてる可能性もある。もっと恐ろしいのは、この人の使ってることばの意味しているものがぼくらと全然違うかも知れない、ってことです。これだけ思考回路が違うとコミュニケーションって難しいのでは?