すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

亀とアキレス

「――ハンデを、もらえますかね」見上げて亀は言った。「だってあなたの俊足は皆の知るところだ。それぐらい構わないでしょう?」

「ああわかった。好きなだけ前からスタートすればいいさ」とアキレスは答える。「まぁいくらハンデがあったところで、俺の前では関係ないがね」

「……くっくっく。掛かりましたね。この勝負は私の勝ちです」

「ばかな! そんなわけないだろう? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ」

「いいですか、考えてみてください。私はあなたよりずっと前からスタートします。でもそのうちあなたは私のスタート地点まで辿りつきます」

「当然だろう」

「私は所詮亀。とは言え、あなたが私のスタート地点まで来た時に、いくらかは私も先に進んでいるでしょう」

「大したことはないと思うがね」

「まだ解らないのですか?」亀は口の端を釣り上げて笑う。「私を追い越すことは、あなたには永遠にできないのですよ」

「何を言ってるんだ? そんなわけがあるか!」アキレスの声が怒りに震えている。

自信たっぷりに亀は語り始めた。「考えてもみてください。どれだけあなたの足が速かろうが、私が遅かろうが、あなたが私の元いた地点に辿りついた時には、いつだって、私はあなたより先に進んでいるのですよ? こんなの、何度繰り返そうが同じことです」

アキレスの目の前が一瞬で真っ暗になる。「まさか。そんな馬鹿なことあるわけ――」

「あるんですよ」きっぱりと亀は言う。「だから、こんなレース、やってもやらなくても同じことです。さぁ、この賭けは私の勝ちでいいですね?」




亀が高らかに勝利宣言をしようとしたその時。

「……待て」と、倒れそうな所を踏み止まってアキレスは言う。「何かがおかしいんだ」

「往生際が悪いなァ。英雄が聞いて呆れますよ。さっさと出すモン出して終わりにしましょうや」

「そうか、解ったよ……。こいつは叙述トリックだ!」

「な、何を今更言い出すかと思えば――」

「聞けよ。こういうことだろ。お前はこう言った。俺がお前のいた地点まで行く。だがお前は先に進んでいる。また俺がお前のいた地点まで行く。しかしまたお前は少し先に進んでいる」アキレスの言葉に力が戻って来ている。「ほら。これじゃまるで俺とお前は交互に進んでるみたいじゃないか? そんなんじゃあ、いつになっても追い付けるわけないよなぁ!」

ニヤリと笑い、亀を睨めつけるアキレス。「だが実際は……もちろん俺とお前が進むのは同時だ。俺が最初に"止まる"のは、お前に追い付いた時だ。"お前のいた地点"じゃなく、"お前に追い付く地点"まで俺は進む。そして次の瞬間、俺はお前をブチ抜く!」

「ぐッ……」

「ああ全く。亀如きにしてやられるところだったぜ。俺もまだまだだったってことだよなぁ」



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というわけで、ゼノンのパラドックスって書き方の問題なんじゃね?って説を考えてみました。


実際には「アキレスが亀のいた地点まで進むと、亀もちょっと先へ進んでいる」というのを無限に繰り返すことはできないので、このパラドックスは成立しません。

なぜできないかというと、空間には「プランク長(1.616 × 10^-35[m]程度)」 という最小単位があるので、それ以下には分割ができないからです(空間というのは連続しておらず、セルのように飛び飛びなのです)。つまり、繰り返す度に亀の進む距離はどんどん短くなっていきますが、あるところで突然その距離はゼロになってしまうのです。当然、そこでアキレスに追い付かれることになります。

まぁゼノンやパルメニデスは昔の人なので、量子力学とか知らなくてもしょうがないですけどね。