ごめーん間違ってたー
あんまりこういうの書きたくないんですが。
間違ったグラフに基づいて政権批判→別のコーナーが始まる→番組の最後でちょろっと訂正、という。選挙期間中にそれはあんまりじゃないですかねー。自民党がマスコミ各社に公平公正な報道を申し入れたことが圧力だって批判されてましたけど、だって実際こんなのが出てくる訳だしそれも仕方ないって感じ。
あまりにも見事な流れなので、陰謀論が出てくるのもわかる。どうしてそんなギリギリのタイミングで正しいグラフを用意できて番組終了直前に間に合わせられたのかっていう。仕込みじゃねーの?って疑いたくなりますよね。
で、まぁ、そこまではさすがにないだろうと思うんですが、だからといって、わざとじゃなかったからといってこれ許される話ではないですよね。だってもしもこれがアリなら全てがアリになってしまう。根拠の無い話でも捏造でも何を放送しても、間違いがわかったりバレたりしたらそこで謝ればokってことになってしまう。それはないよな。頭下げて終りではなく、もっときちんとした責任の取り方が必要だと思う。
まー、ネットの情報の信頼性の低さってのは前々から言われてますが、新聞テレビもそうなってきたんですかねー。疑ってかかれ、か。あまり情報の真偽を確認するのにコストを支払いたくはないのですけどしょうがないのか。
後のアルジャーノンである
人間と他の動物を決定的に分けるのは、高度に発達した人間の脳がもたらす高い知性です。ある研究チームではそんな人間の脳細胞をマウスに移植して定着させ、「半人間脳」状態のマウスを作り出すことに成功しました。
人間の脳細胞をマウスに移植。知能が高いマウスになりましたと。は。よいですね。どんどんやれ。倫理とかそういうのは犬に食わせればいいと思います。
しかし移植したのはグリア細胞だという。ニューロンじゃない、ニューロンの隙間を埋めてるほうのやつですね。それの移植でも変わるんだなぁと思いました。グリア細胞は過小評価されすぎだったのか。それにしてもマウスに人間の細胞移植してそのまま定着するんですね。けっこーてきとうだなぁ生物って。
やれることはやるべきだ、と言いたくなってしまうところですが、「べき」なんてことばはあまり使いたくないので、やれることはやれる、とただそれだけになってしまいますね。どんどん進めればいい。その先にあるものが見たいから。
そもそもこの場合の倫理ってなんなのん?って思う。べつにマウスにひどいことしてるわけじゃないよね。それはアルジャーノンとか、猿の惑星とか、ホット・ゾーンとか、遺伝子組み換えトウモロコシとか? そういう方面、自分のよくわからない・コントロールできないほうへ走ってってしまうことがぼんやりコワイ、というのを倫理って言葉で誤魔化してるだけなんじゃないのかなと、そう感じます。
それともあれかなぁ。人並みに賢くなったら人並みの扱いをしなくては!みたいな話なのかなー。そりゃさすがに心配しすぎかと。それより人並みの扱いされてないたくさんの人たちを先になんとかしたほうがいいのではみたいな。
世界一簡単な構造の電車?
車はどこ、というツッコミは置いといて……。
最初見た時はおおすごい、って感想で、でもチューブの両端を繋げて"電車"がぐるぐる回り出したの見て待てよこれじゃ永久機関じゃんフェイクじゃないの……って思ったんですが、よくよく見ると電池と磁石とコイルでしたってことで納得。電車っつーかリニアモーターカーでした。
しかしこれはうまくできていますね。入手が容易な材料で誰にでも簡単に試すことができ、結果も誰が見てもわかりやすく面白く、また原理をきちんと科学的に説明できる。よくデザインされた実験だと思いました。
でもやっぱりパッと見では奇妙な感じを受けますね。なんども見てしまうわ。
自由意志は本当に存在しないのか(何度め)
存在するか存在しないかで言ったら「しない」というのが正しいらしいのですが。
でもそもそも「自由意志は存在しない」というのはどういうことかがよくわからないですね。何を言っているのか。それが存在しないとしたら、ぼくの体は勝手に動くということか。いや「自由でない意思」が存在して、それに従って動くということなんだろうな。
しかし「自由でない意思」ってなんだ。ぼくはこう考えたいのに「自由でない意思」が違うことを考えて体が勝手に動いてしまう、みたいなことではないはずですよね。それだとその「ぼく」ってのがなにか自由な意思を持ってるのと同じになってしまう。
だからそうではなくて、要はぼくらは好き勝手にものごとを考えてるように感じているけど、それは錯覚で、考える内容は事前に決まってしまっている、そういうことなんだと思います。
しかし実際にそうであったとして、仮にそれが社会の共通認識にまでなったとして、じゃあ例えば刑罰はどうなるんだってことになりますよね。ぼくの行動の責任主体はぼくじゃないわけなので。脳が勝手に考えて体がそれに従って動いてるだけ。そんなのの責任を取らされるのはおかしいのでは。それに、更生できるかどうかだってぼくの頑張りとはまるで関係ない。なにかぼくの気持ち?を離れたところでもう決まってしまっているということなのか。
そんなふうで、今の世の中は自由意志があるっていう前提で構築されているので、自由意志なんて実は幻想だったっていう共通認識が広まったら見直し・再構築が必要なんではないか、なんて一瞬考えたりするのですが、その「見直さないといけない」っていうふうに、行動を変えられると思っているというそのこと自体が幻想だというわけなので、結局のところ自由意志のあるなしは世の中になんのインパクトももたらさないのではないかということに。やれるならやれるだろうし、やれないならやれないだろうという、ただそれだけの話で、現状とまったく変わらない。
最近あまりそういうことを考えなくなってしまっていたので、なんだか言語化能力が落ちているように感じられますね。いや、落ちるも上がるもぼくの意思ではないのでどうしようもないんですが……。というふうに「自由意志は存在しない」ってのはやる気ない人に都合よい思想のように感じられます。だってしょうがないじゃんみたいな。しょうがないじゃんって考えてしまうのもぼくの気持ちじゃないんだしみたいな。自己参照の永久ループだなぁ。
ちょっとまじめに考えようと思って本買ってきましたよ。

- 作者: マイケル・S.ガザニガ,Michael S. Gazzaniga,藤井留美
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2014/08/28
- メディア: 単行本
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- 作者: クリストフ・コッホ,土谷尚嗣,小畑史哉
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/08/07
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だらだら読みたいと思います。いやわかんないな。自由ではないぼくの意思の命ずるままに読んだり読まなかったりすると思います。
怨みを売ったり買ったりする
今までいくつかバイトを経験したけど、このバイトほど怖いものなかったんだけど
どんなのですか、と思ったら……
呪いをかける商品を扱う会社だよ
こういうのなんだろ、ムーとかの通販に載ってる謎グッズ類の延長線上にあるのかな。
そうそう、簡単に言うと依頼者が誰かにこういう呪いをかけたいっていうのを
メールなり手紙で送ってもらって藁人形とかに呪いをかけて発送するんだよ。
おれも普通にネットショップの発送などの仕事って書いてあったから受けたんだけどねw
とりあえず仕事内容はお客さんからの呪いたい内容を受け取って
祈祷師?みたいな呪いをかける人にまとめて御札や藁人形を持っていて
商品に呪いをかけてもらった後に商品を発送してた。
世の中にはそういう商売があるようです。ネタかと思ったんだけど、まとめの中でURLが貼られていた。この人がバイトに行ってたところとは別のようですが。
怨憎呪札(閲覧注意)
ネットショップしかそこはなかったから注文時に
誰を呪ってやりたいとかを一応入力してもらうんだけど
だいたいみんなすごい文字数でかいてて
一応目を通すんだけど読んでるうちに何度気分悪くなったか
リピーターとかむちゃくちゃいるみたい
呪いを入れた藁人形と御札と釘とか入れてセットで送ってたよ
で、肝心の「効くのか?」ってところなんですけど、どうなんでしょうね。でも笑えはしないですね。ぼくだって神社にお参りに行ったりする。それの裏返しですよね、別にそういうのがあっても不思議じゃない。まぁ5日で逃げたってのは正解かと思いますが。
煙突登り縁歩き動画
だいたいさ、こんな何もないところに280mもある煙突作ろうって発想がよくわからない。火力発電所の煙突だったらしいけど、都内にあるやつだって100mもないじゃないですか。よほど質悪い燃料燃やすつもりだったのか、それとも排煙装置がしょぼくて環境対策が全然できてないとか?
それでまた頭にカメラ付けて煙突登る動画なわけなんですけど、まず地上から20mのところまではハシゴもないのね。ぶら下がってるケーブルに捕まって登ってく。ここからもうおかしいですよね。当然命綱なんかないし、それ途中で握力が尽きたら落ちるだけなんだが?
それで、煙突の外側に括りつけてあるハシゴに辿り着いたらあと延々上まで登るんですが、ここは早回しだった。時々下見たり遠く見たりするけど、くらくらしますね。
ついにてっぺんまでよじ登り、風の音がゴーと聞こえる中、縁をぐるりと一周。さらに、サムネイルになってますが、煙突の口の中央を横切る細い鉄骨を歩いて往復。光の届かない穴の中が真っ暗。なんなのか。
こういうの、できなくてふつうだと思うんです。度胸や勇気があるからできるとかじゃない。逆で、できる人は脳の中で恐怖を感じるところの働きが弱まってるんだろうと思うんですよね。人工的にそこを壊したカエルはヘビに平気で近づいてくとか聞いた。そういうのだろうと思う。
けどそもそも、この煙突を作ったわけですよね。どうやって。周りに足場組んで、ですかね? ハシゴが付いてるってことはこれ仕事で登り降りしてた人もいるってことですよねぇ……。
プラナリアに魂はあるんだっけ
なる(断言)。だって2つに切って2匹に増えたのに魂が片方にしかなかったら、もう片方は哲学的ゾンビプラナリアですよ。そんなのほいほい作れたらたまらん。
だからプラナリアにもし魂があるなら、切ったら2つに増えるだろうと。もちろん魂がなかったら増えない。ところで、とある魂のない生物が存在したとして、それがもともと魂がないのか、それとも哲学的ゾンビだから魂がないのかって見分けがつくんだろうか。
ところでプラナリアを切るんじゃなくて焼いちゃったら魂は消えるんだろうか。肉体が消えても魂は残るんだろうか。それだと魂って増える一方なんだろうか。ていうか肉体が消えたら魂も消えるとしたらそれ魂じゃなくてただの意識なんじゃないだろうか。
プラナリアを2つに切ったら、仮にプラナリアが魂を持っていれば魂も2つに増えると思うけど、もしこのプラナリアがぼくだったら、2つに切ったらぼくが2つに増えるわけはない。なぜかどちらかがぼくになって、どちらかはぼくではないものになる、と考えられる。
でもいきなり真っ二つにするんじゃなくてじわじわ切ってったらどうなるんでしょうか。どういうわけか、完全に二片になった瞬間に、片方にぼくが残り、もう片方からぼくがいなくなるんでしょうか。
……いや待てよ。ぼくがぼくであるということが単に記憶の連続性があるってことに過ぎないとしたら、2つに分裂したあとも、どちらも自分こそが正当なぼくの後継であると言って譲らないかもしれないなぁ。
朝目が醒めてぼくがぼくであるということは、昨日の夜に寝る前もぼくがぼくであった、という記憶を朝のぼくが持っているからという、ただそれだけのこと。もし記憶の入れ替えが可能になって、寝ている間にそれをやられたら、ぼくは目が醒めたら別の人としてその後の人生を生きていくことになる。歴史がいきなり捏造されるわけですね。世界5分前仮説とちょっと似てるような。