すべての夢のたび。

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もしあなたが動くならば、あなたは死ぬでしょう。

「文系のための数学教室」という本に、ハイジャック犯の使った英語がヘボかったので、とある論理学者が犯人を日本人と見抜いた、という話が載っていました。これがなかなか面白いです。犯人は“If you move, you shall die.”と言ったらしい。ふつう英語では“Don't move, or you shall die.”になるはずだ。こんな質の悪い英語教育をするのは日本くらいじゃないのか、と。

この本ではこれを論理学っぽく書いています。
「(あなたが動く)ならば(あなたは死ぬ)」 これが犯人の英語。
「(あなたが動かない)または(あなたは死ぬ)」 これがネイティブの言い方。
「((あなたが動く)かつ(あなたは死なない))ということはない」 さらに、これは論理学っぽい言い方。真偽を考えている間にうっかり動いて殺されそうです(笑)。で、この3つの文の真偽は全く同じなのです。参考までに基本的な真理値表を載せておきますね。

p q pでない pまたはq pかつq pならばq
~p p∨q p∧q p⊃q
(1) T T F T T T
(2) T F F T F F
(3) F T T T F T
(4) F F T F F T

さて、わたしもプログラムを書いたりするので、「でない」「または」「かつ」の真理値については直感的にわかります。しかし「ならば」は、いっつも引っかかってました。「文系のための数学教室」にも、「ならば」の日常的使用法と数理論理的なそれとの間にはズレがある、と書かれています。真理値表の左側の番号に従って文を作ると、真理値はこうなります。

(1) 「(あなたが動く)ならば(あなたは死ぬ)」 … 真
(2) 「(あなたが動く)ならば(あなたは死なない)」 … 偽
(3) 「(あなたが動かない)ならば(あなたは死ぬ)」 … 真
(4) 「(あなたが動かない)ならば(あなたは死なない)」 … 真

(1)は犯人の言うとおりなのでよし、(2)も、有り得ないとわかります。それでは(3)と(4)は? (4)はなんとなくあってるような気もしないでもない。けれど(3)が真であるというのはちょっと「え?」って感じです。そして(3)が真なら(4)の真も怪しく見えてくる。同時に真なんてあるのか? しかし、「pが偽ならqが真だろうが偽だろうが、命題としては真になる」というのが「ならば」なのです。

結局、いろいろ考えた末に、今日からわたしはこう解釈することにしました。「とにかく、動いたら死ぬ。しかし、動かなくても、なんらかの理由で死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。まぁ間違いなくそのどっちかだ」 犯人の言うとおり動かなかったとしても、隙を見せたら反撃しそうだ、という理由で殺されるかもしれないし、飛行機が墜ちて死ぬかもしれません。でも動かなければ本当に見逃してくれるかも。日常世界に当てはめるなら、「ならば」はそういうことを言ってるんじゃないのかなーと。どうでしょうか。

よく考えると、ネイティブの言い方にも落とし穴があることがわかります。「(あなたが動かない)または(あなたは死ぬ)のいずれかだ」というふうに、わたしたちはどちらかの事象しか起きないものと考えてしまいがちです。が、「または」の使用法はそうじゃない。「動かなかったけど死んだ」というのは有り得るのです。ネイティブが“or”というとき、数理論理的意味で使ってるのか、どちらかしか起きない(排他的論理和:XOR)の意味なのかまではわかりませんが。でも「どーせ殺されちゃうんでしょ?」って人質の気分は、あんがいこの「両方起きる」を無意識に感じ取ってるのかもなーって思ったりして。