すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

ゆがんだはしごさんへ、みちアキより。

heartbreaking. : 「当たり前」など、この世には何一つ存在しない。

皮肉な事だが、俺を見守ってくれる人達は既婚者で子供が居る人が多い。その人らがセックスについて語りたいなら好きにすればイイが、だがオマエのブログはエロサイトじゃねえんだから、最低限の配慮は忘れずにな。言っておくが、お前らが大人になってするセックスより、幼少期に穴ん中がグダグダになるまでイジメられた俺の虐待の方が遥かに強烈で刺激的だったぜ。お前らの子供を寄越しな。俺が目の前で実践してやろうか?どんな気分だ?愛のあるセックスについて語る、なまっちょろいブロガーには、全員[殺]タグ付けてやる。俺の目に付く場所に出てくんなよ?


嫌われてるようだから、この際、仲が良かったらあまり書けないようなことを書いてみよう。


ゆがんだはしごさんは虐待経験を持ち出しすぎ。病気自慢なのか? 「当ブログのメインコンテンツ」なのか? アイデンティティがそれしかないの? もし、本当に、自我を保つためになら過去の悲惨な経験にでも寄りかかるしかない、っていうのなら、それでもいいし、仕方ないけど。でもそうだとしたら、虐待経験の話の出てくるエントリは、ゆがんだはしごさんが書きつつ書いてない、「怨恨による自動書記」として書かされてるみたいなもんだと思うから、ぼくは読まないようにする。

確かに、「幼少期に性的虐待を受けて現在でも精神的な傷が癒えない」とか、ひとことで酷いとか簡単に言えない経験だと思うし、どんなことなのか想像もできないけど、でもそれって、神聖にして絶対不可侵な壁でもあるわけじゃないですか。「オマエらなんかに俺の気持ちが解るわけがない」って言われたら、こっちは黙り込むしかない。でも、そういうのをいつもチラつかせている相手に対して、対等に話ができると思う? 誰だって全面拒否食らうのは嫌だって。腫れ物に触るようにしか話ができない。ぼくならそんな付き合いは面倒だから最初から遠慮する(もちろん「こっちから願い下げだ!」でしょうけど)。「既婚者で子供が居る人」が「見守ってくれる」ってのは、そういうことだと思う。子供はリフジンだからなぁ。

同情なんてされたくもないだろうけど、さいわい、同情心はないです。ぼくは自分より恵まれてない/不幸な誰にも、配慮なんてする気はさらさらない。まったくない。たまたま運良く人並みかそれ以上の環境に生まれついただけの自分に乗っかってこのままいく。落ちたのを見たなら笑えばいい。だってさぁ、同情なんてできないもんなぁ。人に情けを掛けるというその行為によって、ぼくは自身の優越/幸福を感じてる自分を見てしまうわけだ(ボランティアとかやって気づいた)。だからゆがんだはしごさんがブログで身の不幸を綴れば綴るほど、こちらは「ああ、ぼくは運が良かった。こんなふうでなくって良かった」って、いくらでもそこから自身の幸福を汲み出せるわけですよ。自分の思い出したくもない過去ですら、見知らぬ他人にそんなふうな形で消費されてることに耐えられる?


まぁ、こっちは、ご覧の通りまるでマトモじゃないから、嫌ってもらってぜんぜん構わない。たとえば憎しみを抱くことでいくらかでも日々を生きる気力が沸くとかなら、是非そうして下さい。無痛ではないけど、たいして痛くもない。それと、こちらも「heartbreaking.」をあまり見ないようにするので、ゆがんだはしごさんも、ここのエントリはブックマークされてても見ないようにすることをお薦めします。また書くよ? セックスの話とか。


追記:トラックバック2回送ったけど2回とも失敗したみたいのなので、もうやめておきます。