すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

非モテはほんとにモテたいのか?

p_shirokumaさんのエントリ周辺を読んで。

たとえば「お金がない人ってどうなんですか? 結局お金が欲しいんですよね?」って言われたらどうだろう。お金欲しいかって言われたらそりゃ欲しいわー、とぼくも思う。しかしここで「じゃあお金を得るために努力するか諦めるかすればいいんじゃないの?」と迫られたら、どうなのか。いやいやいやなんでそんな急な話になるわけよ……って思う、のではないか。と考えると、別にぼくはいますぐ努力するほどにはお金は欲しいと思ってはいないんだなー、と気づくことができる。

というふうに、現にモテようと頑張ってる人以外は、モテたいと思ってないんじゃないかなぁ、って気がします。現状に満足しているから動かないわけで。そういう「別に自分はモテたいとは思ってはいない事への気づき」が解決につながる人もいるんじゃないかなー。

そういう人たちに対しては、p_shirokumaさんのアプローチはあまり有効じゃないんじゃないかなと思う。だって現状すでに満ち足りているのに別の価値観を持ってこられて否定されるわけですからね。「そっとしておいてくださいよ」なんじゃないかなぁ。ああでもp_shirokumaさんは「だったら静かにしてろ」なのか。むずかしいですね。


追記:現状に満足している人になお「モテたいのか?」と問うた答えがYesになる理由は、この問いが裏に「そういう状況が訪れたら自分は現在より幸福を感じられると想像できるか?」という前提を持っていて、答える側がそれを感じ取っているからじゃないかと思う。別に宝クジに当たる努力なんてしてないけど、「宝クジに当たりたいか?」って問われてももちろんYesですよねー。