すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

誰も知らない遺伝子の物語

以前「アナザー池田のアナザー進化論」というエントリを書きましたが、今日はその続き。池田先生による「進化の主因は自然選択」という説に対する反証、「突然変異は偶然に起こる」という説に対する反証に続いて、「進化はDNAに起こる変化から始まる」という説に対する反証です。


突然変異&自然選択がネオダーウィニズムの主軸です。要するに、遺伝子になにか変化があるから生物の形が変わり、それが自然選択によって定着し、その繰り返しでいつか新種の生物になったりする、と。ところが最近は、それってほんとうなの?ということが一部で言われているそうです。

 最初は、DNAを組み換えたらとんでもない生物ができて、たとえば大腸菌が猛毒の菌に変わったり、殺人ウイルスができたりして困ると思っていた。それでP4施設というひじょうに厳重な施設をつくり、そのなかでしか遺伝子組み換えの実験をやってはいけないことになっていたが、やれどもやれども変な生物は出てこない。
 大腸菌はいくらやっても大腸菌だし、ショウジョウバエはいくらやってもショウジョウバエだ。DNAをどんなにいじってもショウジョウバエはショウジョウバエ以外のものにならない。出てくるのはみんな奇形のショウジョウバエと変な大腸菌だ。
 では、どうやってショウジョウバエはできたのか、またどうやってショウジョウバエ以外のものになるのかということがわからなくなってしまった。最初は危険だといっていた遺伝子組み換えが、経験的にすこしも危険でないとわかり、最近は遺伝子組み換えの技術も、よほどのことをやらない限り、学生でも実験できるくらいまで基準が緩和された。
 昔は、学生実験など許されず、二重のドアがついたところに消毒して入って、本当に厳重ななかでやったような実験をいまでは学生実験でやっている。遺伝子工学による操作では、別種の生物など全然出現しそうにないのだ。

自分も、遺伝子組み換え実験はご大層で仰々しい施設でやられているものだというイメージを持っていました。しかし最近はそうでもないようです。そういったとんでもない変ないきものは遺伝子をいじったくらいではどうも出てこないようだぞ?と生物学者自身が納得してしまった。実際に、緩和された基準で遺伝子組み換え実験が運用されていることこそが、その証左と言えるでしょう。


もうひとつ、興味深い例が挙げられています。ちょっと長くなるので重要な部分のみ掻い摘んで引用します。詳細は本のほうに当たってみてください。累積進化の説明やID論者の主張にもよく使われる"目"の話です。

 マウスにスモールアイという目が小さくなってしまう系統がある。これを調べてみると、Pax6遺伝子が関係していることがわかってきた。人間には、無虹彩症という目の遺伝病がある。これに関与している遺伝子もPax6遺伝子だという。スモールアイも無虹彩症もみんな目の異常である。
 ショウジョウバエにはアイレスという目がなくなってしまう変異がある。これを調べていくと、アイレス遺伝子が見つかった。アイレス遺伝子は目の異常を起こさせる遺伝子ではあるけれども、その正常なものは目をつくる遺伝子でもある。目をつくる遺伝子が正常に働かないから、目がなくなる。

Pax6という遺伝子は、動物の目の形態形成に関係している遺伝子のひとつだそうです。いっぽうショウジョウバエは、アイレス遺伝子というのが目の形態形成に関係している。名前は"アイレス"と妙ですが、これは最初の名前の付け方が変だっただけで、正常な場合に目をつくる遺伝子だそうです。で、ここからがすごい。すごいというかふしぎ。

 Pax6の遺伝子とアイレス遺伝子の塩基配列を比べてみた人がいる。
 片方はショウジョウバエの目をつくる遺伝子、片方は哺乳類の目をつくる遺伝子だが、驚くなかれ、比べてみると同じである。
 タンパク質のレベルで見ると、Pax6は838のアミノ酸残基でできている。3つの塩基で1つのアミノ酸をコードしているから、コードしている部分は838の3倍で2500ぐらいの塩基配列になる。アミノ酸残基で見ると、人間とショウジョウバエで838のうち33しか違っていない。4パーセントぐらいのちがいしかなく、ほとんど同じだ。

びっくり。もちろん人間の目とハエの目は形も仕組みもまったく違いますよね。しかし目をつくるのに関係するある遺伝子は96%まで同じだという。これはどういうことでしょうか?

生物進化の系統樹を遡り、人間とハエの共通の祖先を探すと腔腸動物(クラゲとかイソギンチャクの仲間)に行き着くそうです。ここから互いに分かれてそれぞれ複雑な進化の過程を辿り、やがては一方は哺乳類に、もう一方は昆虫になった。そして、人間とショウジョウバエは目の形成に関係するほぼ共通の遺伝子を持っているにも関わらず、ご存知の通り、共通の祖先である腔腸動物には目という器官はないのです。哺乳類に至る系統も昆虫に至るそれも、目ができるのはずっと後になってからのことです。

こうなってくると、よく言われる「目のような複雑な器官だって、突然変異と自然選択をえんえん繰り返した結果生まれてきたんだよー」という説は、ちょっぴりあやしくなってくる。突然変異を繰り返してきたはずのDNAは、この場合ほとんど変わってないと考えられるわけです。

でも4%の差はあるわけでしょ?というツッコミはもちろんあるのですが、更に驚いたことに、なんとマウスのPax6遺伝子をショウジョウバエに移植すると、ちゃんと目ができてしまうのだそうです。ショウジョウバエは頭以外の場所にも目ができることがあるそうですが、マウスのPax6遺伝子を移植することによって、触覚や脚の付け根の部分に目がある奇形のショウジョウバエが生まれてしまう。もちろんマウスの目ができるわけでなく(そんなもん想像したらグロいです)、マウスの目の遺伝子なのにちゃんとショウジョウバエの目ができるらしい。

となると、あれ、遺伝子が突然変異するから形が変わるんだって言ってなかったっけ……と、ネオダーウィニズムに対する疑問が浮上してくるわけですね。同じ遺伝子なのに移植した先の生物によって別の物ができてしまうわけですから。

ここからぼくの想像です。ひとつ考えられるのは、Pax6遺伝子/アイレス遺伝子は、「目の形」をコードしているのではなく、「目をつくれ」というメタレベルの命令をコードしているのではないか?ということです(というより、その可能性が高いのではないでしょうか)。ただしそうなると「目とはなにか」という意味の解釈系がシステムのどこかに存在するということになります。

さらにもしかすると、それぞれの生物においての「目をつくれ」という命令が遺伝子としてコードされた結果できたのが、Pax6遺伝子やアイレス遺伝子なのではないでしょうか? そう考えれば「遙か昔の目のない腔腸動物時代からずっと人間とショウジョウバエが共通の遺伝子を持ち続けている理由」は、考える必要がなくなります。それらの遺伝子は共に後の時代になってからそれぞれ別々にできたのですが、同じような意味をコードしているので、結果として同じような遺伝子になったのだ、というわけです。(もちろんそう考えず、腔腸動物時代から持っていたなんらかの器官が変化してそれぞれの生物の目になったのだ、と言うことも可能でしょう。と言うかネオダーウィニズムではそれ以外の説明はできないのではないか?)


そういや最近またドーキンスの翻訳が出ていましたね。読んでませんが、想像するにたぶん今度も彼岸と此岸の距離を拡げるだけの本なんでしょう。既に味方になっているものが溜飲を下げるばかりで、"敵"には端から届きもしないという。まぁそういうのもいいのですが、こういった今までの枠で説明しがたい「え、なんで?」って話に頭を捻ってみるのも、たまには面白いのじゃないかと思います。