すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

Boot me up again.

以前書いた「転校生激突モノ」の続き、「<わたし>とはいったいなにか?」という大昔からの問いに、なんとか答えを与えようとする試みのひとつです。すみませんが、続き物なんで、前のを読んでいただけると助かります。いえ、わたしも読み返してみて、これちょっといま読むのキツイなと思ったんですが(苦笑)。


では続き。変奏その2。

パンをくわえて走ってくる転校生のA子と、転校先のクラスのB男が、曲がり角で大激突をします。当然、ここで精神と身体が入れ替わりますよね? A子の精神はB男の身体に、B男の精神はA子の身体に入っちゃうわけです。ですが同時に、激突のショックで記憶もなくしてしまうとします。ここまでは以前のバージョンと同じ。ここからが違います。なーんとここは未来社会だったんですね。だから、みんな寝る前に「記憶のバックアップ」を取っておくんです。そして病院で「記憶を無くしたA子」にはA子の記憶を上書き、B男にはB男の記憶を上書きします。あらこれで元通り、ぶつかる前と同じになりました。2人はその後、ふつうに教室で出会うことになります。なんだ、これじゃドラマもなにもない、まさに「お話にならない」です。


永井均先生の記法(「A子の体にA子の心」を「A(A)」で表す)に従って、何が起きたかを書いてみます。

A(A) B(B) : 曲がり角に突入する前の状態。
    ↓
A(B) B(A) : 大激突! 入れ替わり!
A( ) B( ) : っと、同時に記憶ソーシツに! この状態で病院へ〜。
    ↓
A( ) B( ) : 病院着。あー、2人とも激突のショックで記憶が飛んだのね。
    ↓
A(A) B(B) : バックアップから記憶を書き戻し! 元通り!

大激突前と同じなので、なにも起きなかったのに等しいです。めでたしめでたし……でいいのか? なにか、非常にだいじな何かが見過ごされてるような気がしませんか? それではどこに問題があるのでしょうか。お時間を差し上げますのでちょっと考えてみてください。


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なにか思いつかれましたでしょうか? では解答へいきます。


病院に着いた記憶喪失のA子「A( )」は、ほんとうは“記憶喪失のA子”じゃなくて、“記憶喪失のB男の心がA子の体に入ってる状態”であるわけです。もちろん、そんなの外から見たらわかりませんから、医者によってA子の記憶のバックアップを入れられてしまいます。でも大激突前から2人を見てるわたしたちは、これじゃまずいなと感じてしまうのです。つまり、ここにはなにか「ほんとうのA子」や「ほんとうのB男」、要するに「ほんとうの<わたし>」を特定するための隠しパラメータがあって、「A(A)」は本来「A(A,<A>)」と記述されるべきだったのです。これなら、“記憶喪失のB男の心がA子の体に入ってる状態”は「A( ,<B>)」と記述できます。

ではその「ほんとうの<わたし>を特定する隠しパラメータ」とは何か? それは「視点」です。永井先生風に言うと、「誰から世界が開けているか」です。

いまは大激突シーンを外側から見ていますが、たとえばこれを1人称視点のライトノベルとして書いてみるとします。すると、パンをくわえて走ってきたA子が“大激突”したあと、次に目が覚めるのはB男の体の中であるわけです。ストーリーが一貫してA子の視点から描写されることには違いないのですが、最初はA子の体の中から、大激突後はB男の体の中から外部を見ている記述になるのです。ただし、病院では記憶がとんでいるので、自分がA子だということには気づきませんが(男女の性差は本当は問題にならないのですが、もしなんとなく不自然を感じる場合は、同性同士の激突と考えてみたら多少イメージしやすいかもしれません)。そして、B男の体を持っているが故にB男の記憶が書き戻され、もともとA子だったソレはB男として生きていくことになります……。

実は、わたしたちが「心」と呼んでいるものは、(最低でも)2つに、「記憶」と「視点」に分解できるのです。世の中に多くある「転校生激突モノ」では、ほぼすべて、作者さえ気づいてないと思いますが、記憶と視点が一緒になって入れ替るのです。例外は、わたしの知る限りはただひとつ、永井先生によるまぼろしの名作『転校生とブラック・ジャック』だけです。でもあれは「外科医」が話に出てくるので、アニメ化は困難だと思うw わたしのバージョンを改訂したほうがオハナシにはしやすいと思うな。


まだつづくかも(笑)。


※入れ替わり&記憶喪失のアイデアについては、友人Yから「前に話してあげた小説のプロットに似てる」と指摘を受けました。わたしがこのアイデアを思いついた時にはYの小説は頭になかったし、「視点」という発想はずっと前から気づいていたものです。でも聞いた影響がないとは言えないかもしれないので、ここに付記しておきます。


転校生とブラック・ジャック―独在性をめぐるセミナー (双書・現代の哲学)

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