すべての夢のたび。

1日1記事ぐらいな感じでいきたい雑記ブログ

イーガンにインスパイアされ中

『順列都市』の上巻を読み終わりました(あいかわらずゆっくりペースで、未読の本が溜まる一方)。そこに載ってた面白いアイデアについて。以下、アイデアネタバレ。これが下巻の筋にどれくらい関わってくるのかわかりませんが、これから読もうって人は見ないほうがいいかも。


『順列都市』の世界では、人間を“スキャン”して作られた〈コピー〉が、コンピュータ内に構築された仮想世界に住むことが可能になった、ということになっています(〈コピー〉はオリジナルとは別の自我を持ちます)。で、このとき現実世界とコンピュータ内の世界では、17倍の速度差があるという設定です。もちろんコンピュータ内のほうが遅い。しかし、内部の主観では逆に、現実世界の時間が17倍の速度で過ぎ去っていくように見えるわけです。

ここで出てくるアイデアが、「では、コンピュータをどんどん減速したらどうなるのか?」というものです。コンピュータ内の“意識”が「計算結果」なのか「計算過程そのもの」なのかはわかりませんが、それがソフトウェアで実現されているのならば、どれだけ“ゆっくり”計算しようと、計算結果は変わりません。たとえば、クロック周波数をどんどん下げていくとする。しかし、内部から見れば、外部時間がどんどん速く過ぎ去るように見えるだけ、のはずです。ではそれが、下げて下げて「1Hz」になっちゃったら、どうなるのか。1秒に1回の計算。クロックと、次のクロックの「間」は、いったいどうなっているのか。でも内部から見ればやっぱり外部が(メチャクチャに)速いだけだし、外部との接触がなければ、減速されたことに気づきもしないでしょう。

では、もし1年に1クロックだったら? どころか、次のクロックがいつ来るのかわからなかったら?(って、もしかしてこれ『順列都市』のアイデアのコアだったりするんでしょうか)

こりゃ、面白いですね。でも、こういうことを考えると、なんかふつーにノイマン型コンピュータに意識が芽生えるとか、難しそー、って気がしてきます。きっと意識はビットとビットの隙間に宿るようなものなんですよ。


あと、「意識」がソフトウェアで実現できるなら、一部の計算を人間が電卓で肩代わりしてやってもいいんじゃないかとか、そもそも「計算」とはなにか、それが「意識」だと認識されるには、“パターン”を読み取れる別の「意識」が必要なんじゃないかとか(観測問題ぽい)、睡眠はどうすんだとか(寝てる間も計算してるのは無駄。“起きる瞬間”に「ずっと寝てて、いま目が覚めた」という状態にしてやればいい。しかしその意味は?)、いろいろ考えるネタを提供してくれてます。

その辺に転がってる石も「意識」を持っているのかもしれません。ただクロックやパターンが人間と違いすぎるのでコミュニケーションが取れないだけだったり。