すべての夢のたび。

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なぜ赤信号で渡ってもよいのか

猪瀬直樹 @inosenaoki 交通信号が赤でも、まったくクルマの気配がなければ歩行者は横切ってもいいんだよ。 僕がジョギング中に不可解に思うのは、ただつっ立っている日本人。 クルマいないのに! 個人の決断がない。ニューヨークでもパリでもあり得ない。


懐かしいですね。この問題にはぼくも悩まされました。一時期、仕事が忙しくて毎日終電で帰宅が午前一時過ぎ、みたいなことが続いた時期があったんです。物音ひとつしない深夜の、まったく車の通らない四車線の道路を、ぼくは赤信号でずっとぼーっと待っていたものです。

今は違いますけどね。今は、車が来ないのが確実なら、信号の色に関わらず道路を渡ります。昔のぼくは、これを「誰も見ていないからといって悪いことをしてもいいのか」という問題だと捉えていたのです。自らの良心を問うものである、と。

でもそうではなかったんです。悪いことではなかった。なぜなら、ぼくが深夜に赤信号で道路を渡ろうが、どこにも困る人はいないからです。誰かが迷惑を被るわけではない。ただ、赤で渡ればぼくがほんのすこし時間を得する。それだけの話でした。問題の捉え方が誤っていたのです。そのことに気づきました。

信号は絶対ではない。信号は交通整理をするものであって、整理される対象がないなら、意味を持たないものです。そういうものであることを、ぼくは考えもしなかったんです。ただ、子供の時分に「信号が赤の時は道路を渡ってはいけない」とだけ聞き、それをそのまま絶対の命令として受け入れ、何故を問うことをしなかった。自分の頭で考えることをしていなかったんです。

シンプルに、これは "at your own risk" の問題でした。もしぼくが車を運転する側だったら、たとえ深夜で歩行者も他の車もいない道路であっても、信号無視はしないでしょう。それは、警官に見られた時のリスクが大きいからです。悪いことだからしない、というわけではないです。